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どうしても他の学校へ・・・。

011年12月8日(木) あめ・のちくもり

● 今日の街色 

風景

 質問準備のさなか、電話がかかります。「孫の件ですが・・」との電話。
 お話を伺うと、「現在、小学校6年生なんですが、中学校への進路について困っています。現在住んでる地域では、公立中学校は決まっていまして、そこ以外はだめなそうなんです。でも、友達や、家庭の事情でどうしても他の中学校のほうがいいと思うのですが」。なるほど。
学区 ● 記事と関係ありません
 奈良市の「学務課」で調べてみました。子どもの立場に立って、種々の事情を考慮して、必要なら「学区」を越えて進学することもあり得るとのこと。さっそく、相談者に返事しました。
 「わかりました。ありがとうございます」と。・・・・。
 笑顔と明るい声が何よりの喜びです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

きょうの  潮 流 

 ある集いの会場に、焼け跡の写真が掲げられていました。米軍の空襲にあった、東京・八王子の無残な姿です。
 「津波みたいだ」。中年の男性がつぶやくと、命からがら逃げたという女性が応じました。「蔵が写っているでしょ。空襲から数日たって、ガスがたまったような状態の蔵が、あちこちで急に破裂したんです。それもこわかった」。
空襲 
 彼女は、戦争体験を語り継いでいます。長く沈黙をまもってきた人たちも、語り始めています。先日のNHK特集「“真珠湾”から70年 日本人の戦争」をみたあと、しばらく立ち上がれませんでした。
 親を撃ち、“お兄ちゃん、わたしの番”と待つ、まだ子どもの妹まで撃った「集団自決」。飢えの戦場での、おぞましい“共食い”。出征をためらう夫に弱虫よばわりして死地へ送った女性の悔い…。あえてテレビカメラに向かっての、重い証言の数々でした。
自決
 当時の国と軍は、アジアの人々を踏みつけ、南の島で飢える「皇軍」兵士を見捨て、「満州」で逃げまどう女性や子どもを見捨て、沖縄を捨て石にして島ごと地獄の戦場にし、ついに広島・長崎へ原爆を落とされるまで戦争をやめませんでした。大日本帝国がアジア・太平洋を侵略して引き起こした戦争は、戦争のむごたらしさを極まらせました。
9j条
 戦後、日本人が焼け跡の中で、不戦を誓う憲法9条を選びとったのは、自然のなりゆきだったと思えます。あの戦争を始めた日から、今日で70年。9条をもっと輝かせようと、誓い新たにする日です。




赤旗ポスター
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プロフィール

松岡かつひこ

Author:松岡かつひこ
1954年和歌山県生まれ。高校卒業後、証券会社に勤務。日本共産党奈良県委員・同奈良地区常任委員。99年に奈良市議に初当選、4期目。日本共産党奈良市会議員団副団長。議会運営委員、厚生消防委員。議会改革推進委員。妻・長男。

■ 連絡先
〒631-0033
奈良市あやめ池南7丁目564-62
電話 0742-48-8188

■メール送信先が変わりました
oka8nara@yahoo.co.jp

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