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「喜光寺」(奈良市菅原町)で、一休み。

011年12月30日(金) はれ

● 今日の街色 

喜光寺      ● 大晦日を待つ「喜光寺」

 訪問・あいさつ回りの途中、菅原町の「喜光寺(きこうじ)」で一休み。

 喜光寺は、奈良時代に架橋、土木工事などの社会事業に携わり、東大寺大仏造立にも貢献した僧・行基が創建したと伝わっています。
 行基研究の基礎文献の一つである『行基年譜』(安元元年・1175年成立)によれば、喜光寺の前身である菅原寺は、養老5年(721年)、寺史乙丸なる人物が自らの住居を行基に寄進して寺としたもので、行基建立の四十九院の一つであるとされています。行基は天平21年(749年)この寺で82歳で死去し、生駒の竹林寺に葬られたとのこと。
きこうじ

 一方、「菅原寺記文遺戒状」という別の史料によれば、この寺は霊亀元年(715年)、元明天皇の勅願により建てられたものといいます。
 創建当初は菅原道真の生誕地と伝わる菅原の里にあることから「菅原寺」と呼ばれていました。伝承によれば、聖武天皇が参詣した際に当寺の本尊より不思議な光明が放たれ、これを見た天皇が喜んで、「菅原寺」を改めて「喜光寺」としたと伝えられています。
 『続日本紀』によれば、延暦元年(782年)、この地に住んでいた土師氏が桓武天皇から菅原姓を賜ったといわれています。
門
 
 歴史あるお寺です。

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潮 流 

 細長い大船渡湾を見下ろす国道に沿い、更地が連なります。夕暮れ、バスの窓からぽつんと一軒、「餃子(ギョーザ)」の看板の店がみえました。
大船渡
 国道から少し山側のだだっ広い無人の野の、そこだけにともる明かり。仮設の店は、1畳ぐらいの広さでしょうか。あとで大船渡の町の人にきくと、津波の前は中華料理屋を営んでいた人の店でした。
 町の人がいいます。「あの店の主人も、とにかく収入がないとやっていけませんからね。補償もなにもないんですよ」。やはり市民の間にも、小さな店の必死の思いが伝わっているようでした。
官邸かわら版
 新聞に、「民主党 消費税13年8%、15年10%」の見出しがおどります。しかし、津波に壊されたどの町を訪ねても、「消費税の増税」などおよそ現実離れしていて、どこの国の話かと思えてきます。
 野田首相の「官邸かわら版」を開けると、首相の語録を載せています。「被災地の皆さんに、心と体の温(ぬく)もりをお届けしたい」。しかし、首相自身の心が温かいなら、どれほど大増税が震災からの復興に冷水をあびせ、家や仕事を失った人々に新たな人災をもたらすか、分かるはずです。
消費税
 消費税をなくす全国の会の事務局長を長く務めた杵渕(きねぶち)智子さんは、22年間にわたり毎月24日、東京の街角で署名を集めてきました。今月の体験は、「初めてのこと」でした。署名をいただいた20人のうち、なんと女性3人が目に涙をいっぱいためて訴えてきました。「民主党は一体なんなの!」「私たち、生きていちゃいけないの?」…。

赤旗ポスター
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プロフィール

松岡かつひこ

Author:松岡かつひこ
1954年和歌山県生まれ。高校卒業後、証券会社に勤務。日本共産党奈良県委員・同奈良地区常任委員。99年に奈良市議に初当選、4期目。日本共産党奈良市会議員団副団長。議会運営委員、厚生消防委員。議会改革推進委員。妻・長男。

■ 連絡先
〒631-0033
奈良市あやめ池南7丁目564-62
電話 0742-48-8188

■メール送信先が変わりました
oka8nara@yahoo.co.jp

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